スタッフ日誌

中井深雪 日誌

2021年04月24日

【子育てブログ】ゆっくり育つ子たちが教えてくれたこと

 知的・身体的に、なんらかのハンディキャップを持って生まれ育つ子たちは、決して!何かができるようにならないわけじゃなく、ただ、成長がゆっくりなだけ、とよく言われます。

 実際,脳性まひをもって生まれ、車椅子で育って、40代半ばから、支えられなくてもなんとか、両足で歩いて移動できるようになったという方にも、それまで完全介助だったお食事で、スプーンを使って自分で食べられるようになったという方にも、お会いしたことがあります。

 私と出会ってくれた音楽室の子ども達も,7歳になって諦めかけた頃に話せるようになったり、高校生になってから歌詞を歌ってリクエストができるようになったり、高校を卒業する頃になってからおうむ返しではない簡単な受け答えができるようになったり、言葉はなくても「あ」「う」「え」「お」の発音ができるようになったり、音楽の流れの中で最適な打楽器選択をして演奏に参加できるようになったり、中には、成人してから、自分から「音楽療法を卒業します」と言えるようになった子(ではなく青年)もいます。

 でも、逆にチャレンジドのお子さんとしては一見順調に育ったようでいて、支援高等学校からちゃんと就職できたのに、2、3年の間に通勤できなくなり、引きこもってしまったり、就労継続支援B型施設などに措置替えになったりする人も決して少なくありません。これは、知的障がいのない精神科の患者さんにもよく見られることで、「就職する」という「経済的自立」には、何か特別な心理的関門があるのですね、きっと。

 そんな中、音楽室で3歳前から音楽療法を学んで育ったゆうちゃんが、22歳のお誕生日を前に、通勤定期券の更新を、お母さんに何も言わずに自分で、しかもちゃんと障がい者手帳価格でやり遂げた、というニュースがFacebookで入って来ました。「最近、なんでも自分でやりたがるようになりました」とお母さん。

第4回世田谷区音楽療法ライブ2021(共催:国立音楽院 協賛:明治安田生命保険相互会社 後援:世田谷区)より 撮影:吉岡 晋

 障がいのある、なしにかかわらず、子どもたちには、「なんでも自分でやりたがるようになる時期」というのがあります。これこそ、個人差莫大な典型的な成長の1ステージなのですが、そこには、本人の資質や年齢だけではなく、お母さんや最も身近な養育者の、お子さんへの想いの温度・湿度や、お母さん自身の体力・気力などと、お子さんの自我の強さ、さらに母子の感情面のソリというか、相性との相関関係があるな、といつも思うのです。

 たとえば、口述が得意で、頭の回転が速く、体力旺盛で押しの強い愛情深いタイプのお母さんと、口が重く、でも親譲りの頭の良さや体力は持ち合わせている、これまた愛情深いタイプのお子さんとだと、お子さんは、お母さんの言うことをしっかり聞いてあげて、相当大人になるまで、一見お母さんの言う通りによくできるお子さん、という風に育つかもしれませんよね。でも、そんなお子さんにも、いつかどこかできっとある時期、そんなお母さんに「うるさい!だまっててよ!」と口答えしたり、「自分でやるからほっといて!」と言うか態度で示すか、つまりお母さんをある意味拒絶するかのような言動に出る時期が来るものです。そして、それは、「反抗期」では片付けられない、ものすごーく大切な「自立」へのサインなわけですね。

 そしてどうも私自身のケースを思い返すと、そうした子どもの自立心の高まりは、お母さんの年齢による気力・体力の低下、つまり「老い」に伴って発現してくるように思われるのです。ある時、子どもがお母さんに老いや頼りなさを感じ取ることがあって、その時、子どもは「自分がしっかりしなきゃ!」という意識的あるいは無意識的な動機を持つのではないか、と。

 とすると、子どもの成長を促すのが上手いお母さんは、子どもの自立サイン(自分でできるようになりそうだな、という兆候)をいち早く見抜き、できるのにやってもらおうとする甘えが出てくる前に、ちょいちょい子どもに頼りなさを知らせたり、侮れなさを知らせたり、ということが自在にできるお母さんなんだろうか…いえ、そんな余裕は子育てにはめったにありませんよね。

第4回世田谷区音楽療法ライブ2021より 撮影:吉岡 晋(Current Superb)

 ハンディキャップのあるお子さんを育てているお母さんたちは、本当はとても繊細で壊れやすいところがある女性であっても、気丈に、子どもを守ろう、少しでもキャッチアップできるように育てよう、と努力し続けます。そのことによって、子どもたちは安心して、ごめんねお母さん苦労をかけて、なんてことは微塵も思ってないかのように、お母さんについていくことができます。でも、そんなお母さんたちにだって、泣きたい時もあれば、「もう無理…」と落ち込む時もあります。子どもたちが小さい頃にはそんなお母さんの姿は見えないのですが、通常発達の子でも高校生くらいになれば、そして、チャレンジドの子どもたちでは20歳を過ぎる頃には順次、なんらかのきっかけによって、そうした「おかあさん(あるいはお父さん)の弱さ」がふと見えてくるのかもしれません。その時、それまで健康に育ててもらっていればいるほど、「お母さん(あるいはお父さん)を守るためには自分がしっかりせねば」という気持ちが芽生えるのではないか、と私は半ば願いもこめて、考えました。

 ママ友事件なんかもありましたが、お母さんは、いつも自然な自分でいていいと思います。誰かに支配されたり影響されたりしても、それは自分への影響までで堰き止めて、子どもには影響がないように守ってあげなきゃ、と必死になってください。でも、そういう儚さや弱さも含めて、「わたしは わたし」でいいのではないでしょうか。子どもは、一生懸命子どもを守ろう、育てよう、としているお母さんのことを、誰よりもよく見ていてくれます。100万人のフォロワーよりもたった一人の我が子に「いいね!」をもらえるお母さんでいましょう。そうしたら、生後30年以内には必ずその甲斐を実感させてくれるのが、子どもたちなんだと思います。 

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