スタッフ日誌

中井深雪

2012年06月10日

6月10日

今、サッカー・ワールド・カップのブラジル最終予選が熱いですよね!第一戦のオマーン戦と第二戦のヨルダン戦で、日本代表チームはなんと、9得点も挙げてくれました。

ヨルダン戦の日は、前半が終わるや否や、車で買い物に走ったのですが、夜になると車の通りが減るとはいえ、家の前の11m道路の道に、車は一台も走っていませんでした。人も殆ど歩いていません。これはきっと、サッカー効果だろう、と思わずにはいられませんでした。

ドーハの悲劇後の頃のサッカーと比べて、今の日本サッカーは、敵陣ゴール前でフォワードがバックパスをしてしまったり、取られたボールをドリブルする選手に誰も食いついて行く選手がいない、などという、サポーターをイライラさせる場面はまったく見られなくなりました。本当に、本当に強くなりました。

さて、これだけの大量得点を重ねることができる時の日本サッカーには、私はある特徴がある、と思わずにはいられません。

それは、リズムです。

なんというか、…ある流れに乗っているかな、と思った時に、ある瞬間、突然テンポが変わって、一気に攻撃が実を結んで行く流れが生まれる時があるのですが、得点が生まれる時というのは、大抵そういう時のように思われるのです。

それは、たとえば、ハンガリアン舞曲のようなイメージのテンポの緩急です。

幼い頃、私は一緒にピアノを習って育った幼馴染と、「ハンガリアン舞曲 第五番」の連弾を毎日のように楽しんでいたことがありました。

あるイン・テンポでせーの、で始まって、次のフレーズでは3拍目にtenutoが来て、またすぐにインテンポに戻る、という繰り返しが続き、この段落の終わりにritardandoが来たと思ったら、一気に速いテンポの新たなフレーズが短かく展開します。

この特徴的な緩急のタイミングを、呼吸を合わせて一気に駆け抜けるのが面白くて、私たちは顔を合わせる度にこの曲を弾いていました。

時には、原曲のイメージより遅くしたり速くしたりして遊ぶのですが、二人で笑いながら、いつもどちらかが挑んでくるそのテンポに同時に乗って合わせて行く面白さ。

音楽には、許される大きな自由と、決して超えてはならないまとまりの構造とがあって、その包容力と制限力との狭間に、演奏者は抱かれるようにして存在します。

110913-15これか?フ?ラシ?ルのた?って.JPG呼吸が合ってくると、その自由はさらに大きくなり、制限の四方の行き止まりも、遠のいたかのように見えてくる…。

もはや、どんなタイミングで、なにをやらかすのか、誰も想像できないほどに、自由で伸びやかなプレイ。

思いがけないほど鮮やかにゴールが決まるような「創造性」が生まれるのは、きっとこんな時なのではないでしょうか。

日本サッカーがこれほどクリエイティブになるまでに、選手たちが小さい頃からどれだけの練習を積んできたのだろう、とちょっと気が遠くなりました。

さあ!次はアウェイでオーストラリア戦です。
わくわくしながら見守りたいと思います。

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